やっと打ち合わせ終わった。
しかし、すげーなこの広報のヒト。一人で3時間しゃべり通しだった。最初の印象は、うつむき加減で肌が病的に白くって声もかぼそくて、か弱い女子だと思ったのに、いざ打ち合わせになったらしゃべるわしゃべるわ。女傑って言われるうちの社長がたじたじって、どんだけのバイタリティーだよ。
それに比べて横の町長はといえば。ずーと鼻毛抜いてテーブルに並べてやがった。
ったく、ここだれが後片付けすんだっての。
「ヒビキ、車まわしといてくれる?」
「はい、社長」
「あ、ヒビキちゃん。キー、これね」
ちゃん呼ばわりすんな。ハナ毛。
廊下、灯り消えてるや。守衛さんうたた寝してる。オツカレサマでーす(小声)。
無理もないよ、すでに夜の12時半だもの。
で、さすがにこの時間となるとまだ涼しー。夜風が心地いい、稲くさいけど。
今、田んぼの中でガサガサって音したね。
なんてね、何もいるわけないし。いたとしてもでっかいネズミのヌートリアさんだしょ。
辻沢駅裏からこんな田んぼのまん中の本社移転で唯一うれしかったのが駐車場の広さ。青物市場の旧本社の駐車場は狭くて、社員は離れたところ使わされてた。ここなら全社員の車止めてもまだ余裕がある。
えっと、ノーブルシャイニングホワイトのエクサスはっと。あったあった。
てか、もう社長の真っ赤なポルポルとエクサスだけじゃん(あたしのK車は除外)。
相変わらずかっこいーねー、エクサスLFAは。
V型10気筒DOHCエンジン、日本の公道でこんだけいるかっていうほどのパワーとスピード。インテリアの豪華さやばい。マホガニー調のダッシュボードに黒の総皮張りシートって、これだけであたしの車10台ぐらい買えちゃうんじゃないの?
いつかあたしもこんな車に乗れるようになるんだろか。
まずは、キーを真ん中のスペースに置いてステアリング横のボタンを押すとエンジンがかかる。
マジ? 激マジ?
鼓動を揺さぶるエギゾーストノイズ。エンジン音ずっと聞いていたい。発車オーライ。おっと、アクセル踏み過ぎた。って、わざとー。
怖いよ、この底知れぬ馬力。ハンドリング軽い。タイヤ吸いつく。これだったら峠道、楽勝でぶっ飛ばせるね。
って、やっば、社長たちもう玄関で待ってる。
「じゃあ、社長、三社祭スポンサードの件はよろしくということで」
「はいはい。アイデアは町長、お金はうち。ですもんね」
「しゃちょー、それはないんじゃないの? 辻沢に人が集まる。ヤオマン儲かる、でしょ」
ホントやな奴。こいつが辻沢の町長だってんだから。
「ヒビキちゃんだっけ? 苗字ひょっとして能面ライダーだったり? 能面ライダー・ヒビキ」
の、わけないだろ、名刺見ろ。苗字だ、ヒビキは。ってか、何回目だ? それ言ったの。
「こわいねー、睨まれちゃったよ。社長、若いのは早いうち教育しなきゃだめだよ。すーぐ言うこと聞かなくなるから。じゃ」
なーにが。てめーがまず教育されろっての。広報さん、また次の打ち合わせで(お辞儀のみ)。
足、気持ち引き摺ってたんだ。あ、そこ段差あります。気をつけて(お辞儀)。
町長が運転すんだ。あーあ、あいつにはもったいない車だよ。エクサスLFAのポテンシャル舐めてんじゃねーぞ。とろとろやってねーできちっと走らせろや。
それにしても、エクステ、めっちゃかっこいかった。「ヒビキ。あいつ一度、コロしてくれない」「いいんですか? 社長」「じゃんじゃんコロして」「じゃ、遠慮なく。これで、今月二人目になります」「あれ? そうだった? もう一人は誰?」「会長です。うちの引き籠り、ヤッチャってって、先週」「そうだった? でも、あのカスは常時依頼案件だから」「そういえば先々月も頼まれました」「だめじゃなーい。納期守らなきゃ。プロジェクト・リーダー失格だよ。なんてね」「して、ヤツメをコロした報酬は? 殿」「うむ。白いエクサスでどうじゃ」「あの、白いエクサスでございますか?」「悪い話ではなかろうて、近江屋。もともとうちがお金出して買わせたんだったよね、あの車って」「御意」「では、頼んだ。7月末までに納品してね」「御意」「冗談はさておき、もうこんな時間。帰ろ。乗っけて行くよ。乗りたいって言ってたよね、ポルポル」「ホントですか? あー、でも、車置いて帰ると明日メンドーなんで今度にします」「朝、迎えに行ってあげるよ。トール道だし」(それは、アナタのトール道よ)か。女バスの川田先生お元気かな。「どうした? ぼうっとして」 あ、思い出に浸ってしまった。「いえいえめっそーもない。社長にお迎えされるなんてしたら、スカート履き忘れちゃいそうです」「あー、それ知ってる。朝、スカート履くの忘れて電車乗るOLの話でしょ?」「かわいそうですよね。気付いた時のこと考えると」「ふーん。そういう反応なんだ、最近の若い子は。あたしらのころはバカだねーって感じだったけどね。まあ、そもそも論でヒビキはスカート履かないけど」 社長、少し疲れてるのかな。なんだか背中が曲がって見える。「じゃあ、気を付けて帰んなよ。スピード出すな。あんたはうちのホープなんだから」「お疲れ様でした」「あとよろしくね」 ポルポルか、いいな。飛ばすと気持ちいいんだろうな。 カイシャ誰もいない。いつものことだけど。「さ、ちゃっちゃと議事録作って帰ろ」 なんだかんだで、結局2時か、帰るのメンドーになっちゃった。顔洗って寝よ。ありゃりゃ、電動歯ブラシの毛先、広がっちゃってる。替えもなくなったし、お泊りセットそろそろ新しいのと変えなきゃね。あと替えPとかも用意しとかないと。P一枚で二日間はサスガニ。こ
やっぱり、仮眠室のソファーベッドじゃ熟睡できない。このコーヒーまずー。なんだって厚生室の「挽きたてアルカイックコーヒー」はこんなにまずいのかね。目も覚めないっての。ここの厚生室いらないからシャワールームにしてくれないかな。シャワーなら一発で目が覚める。シャワールームは一応あるけど別棟の端の方だし、男子専用みたいになってるから行くの嫌なんだよね。 厚生室ってば、バランスボールとか足裏ツボ踏みボードとか置いてあるけど、なんなの? しかもツーセットも。あんなの使うの社長に怒鳴られた北村シニアマネぐらいしょ。ボールに座って30分はぶーらぶーらしてる。まるで刑期が終わるの待ってるみたいにさ。そっか、なるほどこれこそ真のコーセー室だ。更生室なんてね。うわっ、あたしおやじギャグ言ってるし。オヤジ連に毒されて来てる。やっば。 この部署、企画戦略室って聞こえはいいけど、創業の功労者たちの慰安施設みたいになってる。いるのはおじーちゃんばっかり。会話って言っても、口開けば二言目にはダジャレ、三言目には昔話。やんなるよ。あれ? 社長だ。今日、早いな。「ヒビキ、ちょっといい? 社長室に」 「社長。おはようございます」 「あんた、その頭。また泊まったの?」 なんかなってる? 「寝グセ。後ろはねまくってるよ」 あ、ホントだ。 「あー、こうしてうちがブラックって噂が巷に広まっていくんだな。勘弁してよね。ヒビキは今日は休み。早々に帰宅しなさい」 「え? そうなんですか? さっきの、ちょっといいはどうします?」 「あ、そーだった。じゃ、ちょっとだけ。おい、北村。あとで社長室来いな。今じゃねーよ。あとでって言ったろ。ボケ」 うちの社長室はシンプルだから好きなんだよね。無駄なものが一切置いてない。現代絵画とか、洒落た写真とか、見たこともないような観葉植物とかない。これみよがしに置いてある女性社長の部屋の写真、『プレジネス』に載ってたりするけど、あれは板についてないっていうか、おのぼりさんの記念撮影にしか見えない。似合わねーのにひらひら付いたピンクのおべべ着せられちゃってさ。あんたらさ、そんな余計なもん見向きもしなかったから這い上がれたんじゃねーの、って思う。 「あのね、ヒビキ。これはホントーに秘匿事項だから、口外は無用にしてほしいんだけど」 「
きたきた。社長の気まぐれ絶対命令。期限は社長が次に思い出した時。 「なんであたしなんでしょう?」 釣りに託(かま)けて違うものひっかけたんじゃ。わー、またオヤジみたいなこと考えてる、あたし。 「悪いんだけど」 「でもですね」 会長の浮気なんて社長の眼中にあるわけないな。とすると、ハンカチに付いてるかすれたような赤黒いシミのほうか。 「わたしには手に負えそうにない。だからヒビキに頼んでるわけ。内々に」 会長は社長の鬼門ですもんね。それに、これ以上は断るな光線が出てますよ、社長の目から。よ! は! よけらんない。 「ヒビキ、なにやってる?」 「あ、すみません。その件お受けしますけど、他とバッティングすると」 「あ、それは大丈夫。仕事じゃないから、これは」 って、人はだれしもそうだと思いますけど、一応あたしの時間軸も一本なんですけどね。 「わかりました。でも、少し時間をください」 「もちろんよ。ヒビキがこの企画戦略室のなかで一番忙しいのはよく知ってるつもり」 なら、他の人に振ってくださいませんかねって、無理か。 「じゃあ、日程感は今月中とかっていうのでいいですか?」 「いや、3か月あげる。それまでに解決して頂戴」 なにをですか? とっかかりも見えてないのにいきなり。って言っても無駄なようなので。 「わかりました。3か月のプロジェクトということで。稟議書あげなくていいですかね」 「いいわよ。それでお願いした」 「ドキュメントの提出は、完了届だけということで」 「OK。じゃあ、ヒビキはすぐ帰りなさい。今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ってちょーだい」 「了解です。これ預かりますね」 ばりレディース仕様のガラケー。 「うん、持って行って。返さなくていいよ。終わったら雄蛇ヶ池にでも捨ててね」 「して殿、報酬は?」 「近江屋、おぬしも悪よの。望みを言え」 「では、厚生室をシャワールームに」 「ヨキニハカラエ」 「失礼しました」 「あ、ヒビキ。北村呼んでくれる。どーせ忘れてるから、あのボケ」 北村シニアマネ、カワイソーニ。なんだか社長の水平リーベ棒にされてる感じ。「便利化学社の健康グッズ 『水平リーベ棒』 あなたの乱れたココロを水平に保ちます」 そういえば、子ネコちゃんどうしてるかな。ミルク
例のガラケーの充電コード、古すぎてコンビニとかになかったから、わざわざN市のビックヤマダセンターまで買いに出てきて正解だった。こっちでも在庫2つだったって。ついでに水平リーベ棒も買っちゃった。売れ筋No1だったから。なぜだかアウトドア用品で。7200円もした、こんなものが。シルバーコーティングって、どうせメッキだろ。ボロもーけだな、便利科学社。買ったはいいが、ショージキいらなかった。そうだ、カイシャの厚生室に置いとこ。 あー、ほっこりした。ネコちゃんたちに癒されまくった。N市のこんなとこにネコカフェあったなんて、不意打ちくらった感じ。結局、閉店ギリギリまで過ごしちゃった。やっぱ、マンチカンのコロ助くんが一番かわいかったナリン。ふっわふわで抱っこしたらフニャーってなってさ。ここも買収候補の一つだね。いつかぜってー猫カフェチェーン展開してやる。って、やっべー、こんな時間かよ。早く帰んなきゃ。ってか、車ぶっ飛ばせば、20分でつくし。やることやってからね。 車で充電なんてあたしはあんましないな。会長がスマフォの充電よくしてたけど。ガラケー充電完了っと。起動ボタンは、これか。やっぱりGPS内臓だ。用心しといてよかった。あたしの家、特定されないで済んだ。どれどれ、操作方法いまいちわかんない。スライドさせて、画面表示させてっと。ド☆キンちゃんからの不在着信がいっぱいだ。あれ、ド☆キンちゃんに何か送信しちゃったみたい。メッセージの下書き触っちゃったのか。やばい。さらにやっちゃだめなことしちゃいそーだな。も少し慎重に扱わないと。もう一つの下書は。再生。 「……かわいそうな女の子たちを助けてあげてください。アナタなら、きっとできるはず。なぜなら、アナタは、辻の……ーーーー雑音ーーーーーーピー」 このガラケーって、マジか。でも、これ使えそ。連絡先に名前がある人に片っ端から連絡してみよっか。いや、それは危険すぎか。トリマ、今名前が出た知り合いだけにしておこ。電源落として、よし帰るぞ。 すっ飛ばしてきたからもう雄蛇ヶ池だよ。ん? 今、橋のたもとに泊まってた車、あれ会長のジャガーじゃない。こんな時間にこんなところで何してんだろ。 会長ってば、ほんとにどっか抜けてる。 「ジャガーはね、ボン
今日は週1の義太夫講座の日。別にあたしは介護カウンセラーの資格を持ってるわけじゃないんだけどな。お師匠さんたら、会うタンビに色んな相談してくるんだよね。なんでだろ。 カイシャでおじいちゃんばっかに囲まれて仕事してると、自分が介護士になった気がしてくる時があるんだよね。カンペキな聞き役っての? だからだろな、そーいうニオイを発してしまってるんだよ、あたしは。 「ヒビキさんがいてくれて本当に助かります。あの人ったら、いけない遊びに手を出して、あとに引けなくなってて」 で、手を引かさせてほしいんですよね。社長みたいにコロセだの、始末付けろとか物騒なこと言わないですよね。 「お仕置きしてください」 取りようによっちゃ、それが一番おそろしいんですけど。カイシャのおじいちゃんたちの茶話で耳にしたことあります。針を咥えた按摩さんがコロシを請け負うって時代劇。コロシをお仕置きって言うってのも。まさかね。 「お灸をすえてください」 おっと、次はヤイト屋ですか? って、フツーに聞けば意見してほしい。だよ。おじいちゃん翻訳機能が働きっぱなしで、あたしの頭の中は殺戮の巷だ。もはや介護カウンセラーの資格どころかコロシのライセンスになってる。 社長が一度行ってみろ、なんでも勉強だぞって役場のカルチャーを勧めるから、時間が合いそうな『気軽に始める義太夫講座』っていうのを試しに受講したら逃げらんなくなった。あたししか受講者いないんじゃ、1回きりで終わりになんて出来なくて、5期連続受講者認定されて記念にゴリゴリカードもらう始末。ちなみに辻女の夏服バージョンがプリントしてあるやつだった。母校のだったからめっちゃ嬉しかった。 お師匠さんは宮木野神社の宮司さんの奥さん。昔取ったキネヅカだけで講師認定うけて、開講しちゃったらしい。ずっと同じ台本で三味線ベンベン鳴らして語ってるけど、あたしにはいまだによさがわからない。それに講座時間のうちほとんどが、お師匠さんの身の上相談。これやってちゃ受講者来ないっしょ。 「かなえてくださったら、志野婦神社をヒビキさんに譲って差し上げてもいいですよ」 またまた。お師匠さんたまに変なこと言い出すんだよね。 「あ
辻沢みたいな田舎にこんな素敵なバーがあったなんて。社長から直々に今日終わったら付き合ってって言われて、いつもの駅前の居酒屋かと思ったら、普通なら教えないんだけどって連れて来られた。ん、噛んだらぴりっときた。山椒の実? このカクテル、ブラッディー・ミヤギノって言うんだ。なんでもヴァンパイアに絡めればいいてもんじゃないだろ。 辻沢は宮木野神社の祭神が実はヴァンパイアってくらいそれと縁が深い土地。平家の落ち武者みたいな感じで末裔伝説ってのもある。実際に古い家にはそれを示す特別な屋号があったりするらしいから、まったくの出鱈目といわけでないのは知ってる。だからって町おこしでヴァンパイアって、何なの? それもあのハナゲ町長になってからのこと。 ここに来るとき、社長のポルポル運転させてもらった。やばいの通り越して、すんごかった、あの加速の快感はオトコを凌駕する。って、あたしまだ乙女だけど。 あんな車、夢のまた夢なんだろーけど、やっぱ経験しとくのはいいことだと思う。目標がよりリアルに感じられるから。「どうだった? ポルポル」「やばかったです。ありがとーどざいました」「アクセル踏みこんだとき、いきそーになったでしょ」「社長。それはちょっと」「あれ? ヒビキはこういうのダメな人だった?」「イチオー、乙女ですから」「ふーん。うそばっかり」 で、わざわざポルポルを運転させていただいて、こんなおしゃれなバーにご一緒させていただいたので、そろそろご用件をお聞きしましょうか?「例のさ」 はい、ガラケーの件ですね。「どお?」 ドキュメントは完了届だけって言ったはずなのに。逐一、進捗報告をさせる。仕事はすべて任せてチェックだけはコマメに。完遂するイメージしか持ってない。上等のクライアントだよ、社長は。「ネットワークにアクセスできそうです」「もう? さすがヒビキだね。で、どんな?」「偶然ですけど、学生時分の知り合いの名前が通話履歴に」「おー、それでも大したもんだよ。とっかかりがビジネスの真ん中、ってね」 だれの言葉だろ、シェリル・サンドバック? それとも
「あ、あたし」 社長、どなたにお電話ですか? 「北村、今何してる? そうか。なら、大門前のいつものバーまで私のポルポル取りに来て。うん。そう。わるいな。10時半? 了解。お、そうだ。この間の企画書よかった。うん。お前主導で立ち上げてくれ。じゃあ、あとで」 「北村シニアマネですよね。大丈夫なんですか?」 車とプロジェクトの運転、両方とも。 「うん。大丈夫。あいつ運転は慎重だから。まあ、いっつも怒鳴ってるの見せてるから、あいつのことそんなふうに思うのも仕方ないけど、あいつはあいつでいいところあってね。昔、辻沢不動産をうちの傘下に入れようってた時……」 社長。その話、もう何度も聞きました。辻沢不動産の千福オーナーに3か月張り付いて、うんって言わせた。あいつは泥のように這いつくばって粘り強く仕事する昔ながらのビジネスマン、「二枚腰の北」と呼ばれてたっていう話ですよね。で、創業時一緒に汗したやつは特別とくる流れ。ちょっとうらやましい気がするけど、そこは踏み込んじゃいけない領域ってわきまえてますから。 「二人で3か月間、何してたと思う?」 え? それ初めて聞くな? わかりません。 「芸者遊びだよ」 「3か月間芸者遊びって、お金かかりそうですね」 「いや。一銭もかかんなかったんだ、それが」 全部、向う持ちってこと? 「ごっこ遊びだったんだ。千福と北村が姉妹の芸者って設定で、千福んとこで3か月間」 芸者ごっこって、アタマオカシイ? どっちが? オーナー? 北村さん? 「北村の芸者姿もまんざらじゃなかったって」 北村シニアマネ、見方180度変わった。 北村シニアマネ来た。お疲れ様です(無声)。この人が白粉塗って着物着て踊ってたんだ。3カ月も。20年前はどんなだったか知らないけど、想像するのが恐ろしい。 社長をお店の前でお見送り。 「ヒビキんち、ここから近かったよね。じゃあ、また来週。あっちのほうも期待してるよ」 行っちゃった。ポルポル、もう点になってる。あたしんち、車だと陸橋渡れるからすぐだけど、歩くとなるとソートーかか
昨日はなんとなく過ぎちゃったし、今日も午前中、何もしないでボーと過ごしてた。たまにはこんな休日もいいよね。でも今日は3時に高校の女バスで一緒だったセンプクさんのとこ行く約束してるからそろそろ出かけなきゃ。車ないからバスで。 「出かけてきます」 「あなた何言ってるの? 今日お客様来るって言っといたわよね」 占い師は客じゃないよ、おかーさん。あいつの言葉信じても幸せなんかにならないから。 「今日はあなたのためにいらっしゃるのよ。特別料金なのよ」 なんだよ特別料金って。見料、月額定額制なんだろ? そもそも占いでサブスクって何なのだけど。 「占い師に用はないから」 「占い師じゃないのよ、霊媒師さんよ。何度言ったら分かるの」 知るか! ったく、むかつく。おとーさんがいなくなってからああいうのにどんだけボラれたか。占いだ、宗教だ、オカルトだ、健康グッズだって、他人の言うことに振り回されてさ。前を向いて自分の頭を使わなきゃ人生は見つからないって。 ……あたしにそんなこと言う資格ないか。 久しぶりのバス。あれ、小銭切らしてら。 「ゴリゴリカード、2000円のください」 お、辻女冬服バージョン。辻女コンプ。これ使えない。 「すみません。もう一枚、2000円のください」 青洲女学館の夏服か。使うの惜しいけど、いっか。運転手さん、なに? その目。あたし制服フェチじゃないから。 「六道辻まで」 ゴリゴリーン。 目の前、成女工の生徒たちだ。土曜にガッコ? そっか、もう学生休みでなくなったんだった。「なんか、よく変な人見んの、ウチ」 「どんなよ」 人の前で足開いて座んなよ、見えちゃってるぞ、P。 「それがさ、ノースリーブで半ズボン履いてる女の子で、夜一人で歩いてんの」 「夕涼みっしょ。最近暑いし」 「いや、それが冬も同じカッコして歩いてるんだって」 「はあ? それはツリだわ」 「いや、マジでマジで」 「ツリツリ。だまされねーし」
「ちょっ、ちょっと北村シニアマネ」 「なんだい?」 「あの、聞きたいことがありまして」 「僕に聞くより、ウキペディヤだったかな? あれの方がよっぽど有意義な答えが載ってるんじゃないかい?」 大方はそうでしょうが、これは北村シニアマネしか知らないことなので。 「あの、辻沢不動産の千福オーナー落とした時、芸者ごっこした話を聞かせていただけないかと」 「なぜそれを? そうか、社長が話したのか。社長は君には腹を割って何でも話すんだもの、知ってて当然か」 なんだろな。北村シニアマネの台詞、そのままあたしもトレースしたことがあるような気が。 「いいよ。望まれて何ぼのサラリーマンだ。お話して進ぜよう」 うーん、誰の言葉だろ。松下幸太郎か稲森和夫ってところか。世代的に。 「芸者ごっこっていうのは誤解があるな。まあ、ジョーロリのお稽古なんだけどね」 お稽古してたの? 3か月間。二人で? 「君は知らないと思うけど、ジョーロリの演目で……」 うおー、そんな情報いらない。失礼ですけど、そんなだからダラダラと仕事が進まないんじゃないですか? もっと考え廻らして、相手の欲しいものをダイレクトに提示しましょうよ。 ナニナニ? 父親が殺されて、母親も死んじゃったイナカ娘が、江戸で花魁やってる姉を頼って上京して涙の再会を果たしたのち、二人で剣術を習って親の仇を見事果たすって話なの。ふーん。どっかで聞いたことあるような。そんで? お稽古の合間に二人で衣装付けて遊んだんですか。 北村シニアマネが姉の|花魁《おきの》、千福オーナーが妹の|イナカ娘《おのぶ》で、ちょっと二人の姿を想像できない。というかあたしの脳内にそれを拒否る何かがある。 でも、なんでそんなに楽しそうなんですか? 北村シニアマネ。 「キレイだったのよ。おのぶさんが。とっても。色が白くてが肌が透き通るようでね。鼻筋がすっと通ってて、ふっくらとしたほっぺ、黒目が闇のようで。前歯がちょっと出てるのが玉にキズなんだけど、それも愛嬌でゆるせちゃえるほどなの。それが、『ござるチャー』ってかわいらしくいうのなんて、もう」
センプクさんのところから直行して子ネコちゃんに会いに行った。いつになく心がぞわぞわしたから。ミルクをあげてたらまた時間忘れて明け方になっちゃって、そのままカイシャ来た。まだ頭がボーとしてる。幸い、社長も朝から外出で、「デイケアセンター」は平和そのもの。「ねーさん。ホントに山車、この外形でいいんすか? どう見てもチ○コですけど」 こいつは後輩のカワイ。イケメンを自認してやがって生意気なくせに小心者。芸人でもないのに人のことねーさん呼ばわりする。 カワイしつこいぞ。いいつったらいいんだ。ったく、コマイこと気にすんなっての。 「いいよ」 「でも、町長から苦情来ますよ、絶対。その時は、ねーさんが社長に変な屋号で怒られてくださいよ」 「いい? カワイくん。まず、これは町長サイドの要望。次に、町長はうちに文句を言える立場にない。分かったらさっさと設計書仕上げる」 「りょーかいっす。でも、なんで町長はうちの社長に頭上がんないんすか?」 「そりゃーね、キミ」 お、吉田エグゼクティブ。机間巡視専任役員。高下駄履いてんのかってくらいの背丈。カイシャに3人いるエライ吉田さんの一人。 「ヤクザ破門になって野垂れ死にしそうになってたところを、うちの社長に拾ってもらったからだよ。青物市場で」 「「そーなんですかー」」 カワイ。顔がニンギョーになってるぞ。ビジネスは表情からだ。眉毛くらいは動かせな(無声)。ねーさんこそ(無声)。 あたしらに何の反応もないから吉田エグゼクティブ行っちゃったよ。次の獲物探してる。 さてと、設計書仕上げなきゃね。 「それにでっかく町長の名前入れとけな」 「おーけーっす」 「でっかく」 「っす」 廊下を歩いてるのは北村シニアマネだ。また厚生室の方に消えてった。ちょっと聞きたいことあるからお邪魔しちゃお。 あれ? 中でうろうろしてる。変だな、黄緑のバランスボールはあるのに。どうしたんだろ。前に社長からいただいた屋号=怒号、バランスボールだけじゃ癒されなかったの? 「北村シニアマネ。ちょっといい
センプクさん、あのさ。って心ここにあらず。早いとこ用事すませて帰ろ。この時間ならまだ子ネコちゃんにミルクあげに寄れるから。 「これなんだけど、センプクさんのハンカチだよね」 カマ掛けて言ったのに、すごい動揺。あらら、泣き出したよ。まさか一枚かんでる? 会長の悪事に。 「で、このガラケーだけど」 ちょっと、そんなに握りしめたら壊れちゃうよ。あーあ、これじゃ話しもできやしない。収まるまで少し待つか。 この部屋広いねー。こんなの修学旅行以来。あの時、女バスだけ大広間に寝かされたんだよね。 「ぜってーなんか壊すだろお前ら」 川田先生に隔離されたんだけど、朝起きたらやっぱり誰かがフスマ蹴破ってた。全員2日目、3日目の自由行動なし。 「2度とフスマは蹴破りません」 って旅行ノートにずっと書かされてた。結局犯人は分からずじまい。誰の仕業だったんだ、でっかい穴、4つは開いてた。 センプクさん、落ち着いたと思ったら何だよ。今度はべらべらと。辻沢には古い家で構成する六辻会議っていうのがあって影の世界を支配してるとか、それが全部宮木野の家系だとか、センプクさんとこや町長の家もその一つだとかって。辻っ子ならなんとなく知ってるような話し始めて。どうでもいいっての。町長が昔、東京でヤクザやってたなんて、カイシャじゃ掃除のオジサンまで知ってる有名な話だよ。あ、でも町章にある6つの山椒の実の意味が分かったのは勉強になった、その六辻会議ってのが表象されてるのね。え? 志野婦神社の隠された真実聞きたいかって? いいよ、もう。感情に起伏ありすぎだよ、センプクさん。一応聞いとくけども。 例のメッセージを聞かせたら、しばらく黙ったままでいて、 「わかった、こいつはあたしが始末つけるから」 って。全部ヤリ方教わってるからって、あんたら何もん? あたしは何のネットワークにアクセスしちゃったんだ? いまいち不安だけどガラケーもハンカチも置いてきた。雄蛇ヶ池に捨てに行く手間が省けたって考えることにする。
六道辻。やっぱりここに来るのはしんどい。嫌なこと思い出すから。ツジカワさんがここで行方不明になって、すぐにシオネが、そして……。事件の発端の場所。バス停に立つと、ツジカワさんの家はほんのすぐそこ。この短い距離で何があったんだろうって思う。 センプクさんち、すんごいお屋敷。蔵が3つもある家ってどーよ。辻沢の中でも1位、2位じゃないかな。しかし、女バスのセンプクさんと辻沢不動産の千福オーナーがどうして結びつかなかったかね。あたし頭どうかしちゃった? センプクさんのおじーちゃんが千福オーナー。 玄関先の垣根、いい香り。クチナシだね。フツーは、いくつかくたって汚くなった花があるものなのに、全部真っ白。手入れが行き届いてる。「ヒビキ様。どうぞこちらへ」 電話した時はさんざん女バスの頃の話して盛り上がってたくせに、なんなの他人行儀なこの態度。しかし、広いにもほどがあるよ。玄関からどれだけ歩かせるんだ。冗談じゃなく迷子になりそう。 「しばらく、こちらでお待ちください」 「すみません。お手洗いを貸してもらえないかな」 お腹こわした。コンビ二に売り切れ続出のオレンビーナ・スカンポあったから買って飲んだのがいけなかった。あれ飲むと必ずお腹こわす。 「この前の廊下を、あちらにまっすぐ行かれて、突き当たりを左に行ったところに雪隠がございます」 雪隠ってまさか外でしろって? したものを雪で隠すから雪隠っていうって、ウィキに載ってなかったっけ。 まっすぐね。まっすぐって、ずいぶん長い廊下だ。突き当たってと、あれか。なるほど、これを雪隠って。ただの和風の便所じゃない。一応屋内で安心した。それに水洗だし。わざわざ雪隠っていうことあるか? 洗面台、天然岩? 水つめたい。きっと井戸水だ。格子窓の向こうに裏庭か。って、普通の庭より広いし。殿様がこうやって格子越しに裏庭を見ながら手を洗ってて、「そろそろ、あの枯れ枝も払うときよのう」なんてつぶやくと、隠密が下でそれを聞いてて、シュタタタって走り去るの。それで城代家老が暗殺されるっていう筋書き。 「ごきげんよう」 なんだ? センプクさんのお姉さん? じゃない。青洲女学館の制
昨日はなんとなく過ぎちゃったし、今日も午前中、何もしないでボーと過ごしてた。たまにはこんな休日もいいよね。でも今日は3時に高校の女バスで一緒だったセンプクさんのとこ行く約束してるからそろそろ出かけなきゃ。車ないからバスで。 「出かけてきます」 「あなた何言ってるの? 今日お客様来るって言っといたわよね」 占い師は客じゃないよ、おかーさん。あいつの言葉信じても幸せなんかにならないから。 「今日はあなたのためにいらっしゃるのよ。特別料金なのよ」 なんだよ特別料金って。見料、月額定額制なんだろ? そもそも占いでサブスクって何なのだけど。 「占い師に用はないから」 「占い師じゃないのよ、霊媒師さんよ。何度言ったら分かるの」 知るか! ったく、むかつく。おとーさんがいなくなってからああいうのにどんだけボラれたか。占いだ、宗教だ、オカルトだ、健康グッズだって、他人の言うことに振り回されてさ。前を向いて自分の頭を使わなきゃ人生は見つからないって。 ……あたしにそんなこと言う資格ないか。 久しぶりのバス。あれ、小銭切らしてら。 「ゴリゴリカード、2000円のください」 お、辻女冬服バージョン。辻女コンプ。これ使えない。 「すみません。もう一枚、2000円のください」 青洲女学館の夏服か。使うの惜しいけど、いっか。運転手さん、なに? その目。あたし制服フェチじゃないから。 「六道辻まで」 ゴリゴリーン。 目の前、成女工の生徒たちだ。土曜にガッコ? そっか、もう学生休みでなくなったんだった。「なんか、よく変な人見んの、ウチ」 「どんなよ」 人の前で足開いて座んなよ、見えちゃってるぞ、P。 「それがさ、ノースリーブで半ズボン履いてる女の子で、夜一人で歩いてんの」 「夕涼みっしょ。最近暑いし」 「いや、それが冬も同じカッコして歩いてるんだって」 「はあ? それはツリだわ」 「いや、マジでマジで」 「ツリツリ。だまされねーし」
「あ、あたし」 社長、どなたにお電話ですか? 「北村、今何してる? そうか。なら、大門前のいつものバーまで私のポルポル取りに来て。うん。そう。わるいな。10時半? 了解。お、そうだ。この間の企画書よかった。うん。お前主導で立ち上げてくれ。じゃあ、あとで」 「北村シニアマネですよね。大丈夫なんですか?」 車とプロジェクトの運転、両方とも。 「うん。大丈夫。あいつ運転は慎重だから。まあ、いっつも怒鳴ってるの見せてるから、あいつのことそんなふうに思うのも仕方ないけど、あいつはあいつでいいところあってね。昔、辻沢不動産をうちの傘下に入れようってた時……」 社長。その話、もう何度も聞きました。辻沢不動産の千福オーナーに3か月張り付いて、うんって言わせた。あいつは泥のように這いつくばって粘り強く仕事する昔ながらのビジネスマン、「二枚腰の北」と呼ばれてたっていう話ですよね。で、創業時一緒に汗したやつは特別とくる流れ。ちょっとうらやましい気がするけど、そこは踏み込んじゃいけない領域ってわきまえてますから。 「二人で3か月間、何してたと思う?」 え? それ初めて聞くな? わかりません。 「芸者遊びだよ」 「3か月間芸者遊びって、お金かかりそうですね」 「いや。一銭もかかんなかったんだ、それが」 全部、向う持ちってこと? 「ごっこ遊びだったんだ。千福と北村が姉妹の芸者って設定で、千福んとこで3か月間」 芸者ごっこって、アタマオカシイ? どっちが? オーナー? 北村さん? 「北村の芸者姿もまんざらじゃなかったって」 北村シニアマネ、見方180度変わった。 北村シニアマネ来た。お疲れ様です(無声)。この人が白粉塗って着物着て踊ってたんだ。3カ月も。20年前はどんなだったか知らないけど、想像するのが恐ろしい。 社長をお店の前でお見送り。 「ヒビキんち、ここから近かったよね。じゃあ、また来週。あっちのほうも期待してるよ」 行っちゃった。ポルポル、もう点になってる。あたしんち、車だと陸橋渡れるからすぐだけど、歩くとなるとソートーかか
辻沢みたいな田舎にこんな素敵なバーがあったなんて。社長から直々に今日終わったら付き合ってって言われて、いつもの駅前の居酒屋かと思ったら、普通なら教えないんだけどって連れて来られた。ん、噛んだらぴりっときた。山椒の実? このカクテル、ブラッディー・ミヤギノって言うんだ。なんでもヴァンパイアに絡めればいいてもんじゃないだろ。 辻沢は宮木野神社の祭神が実はヴァンパイアってくらいそれと縁が深い土地。平家の落ち武者みたいな感じで末裔伝説ってのもある。実際に古い家にはそれを示す特別な屋号があったりするらしいから、まったくの出鱈目といわけでないのは知ってる。だからって町おこしでヴァンパイアって、何なの? それもあのハナゲ町長になってからのこと。 ここに来るとき、社長のポルポル運転させてもらった。やばいの通り越して、すんごかった、あの加速の快感はオトコを凌駕する。って、あたしまだ乙女だけど。 あんな車、夢のまた夢なんだろーけど、やっぱ経験しとくのはいいことだと思う。目標がよりリアルに感じられるから。「どうだった? ポルポル」「やばかったです。ありがとーどざいました」「アクセル踏みこんだとき、いきそーになったでしょ」「社長。それはちょっと」「あれ? ヒビキはこういうのダメな人だった?」「イチオー、乙女ですから」「ふーん。うそばっかり」 で、わざわざポルポルを運転させていただいて、こんなおしゃれなバーにご一緒させていただいたので、そろそろご用件をお聞きしましょうか?「例のさ」 はい、ガラケーの件ですね。「どお?」 ドキュメントは完了届だけって言ったはずなのに。逐一、進捗報告をさせる。仕事はすべて任せてチェックだけはコマメに。完遂するイメージしか持ってない。上等のクライアントだよ、社長は。「ネットワークにアクセスできそうです」「もう? さすがヒビキだね。で、どんな?」「偶然ですけど、学生時分の知り合いの名前が通話履歴に」「おー、それでも大したもんだよ。とっかかりがビジネスの真ん中、ってね」 だれの言葉だろ、シェリル・サンドバック? それとも
今日は週1の義太夫講座の日。別にあたしは介護カウンセラーの資格を持ってるわけじゃないんだけどな。お師匠さんたら、会うタンビに色んな相談してくるんだよね。なんでだろ。 カイシャでおじいちゃんばっかに囲まれて仕事してると、自分が介護士になった気がしてくる時があるんだよね。カンペキな聞き役っての? だからだろな、そーいうニオイを発してしまってるんだよ、あたしは。 「ヒビキさんがいてくれて本当に助かります。あの人ったら、いけない遊びに手を出して、あとに引けなくなってて」 で、手を引かさせてほしいんですよね。社長みたいにコロセだの、始末付けろとか物騒なこと言わないですよね。 「お仕置きしてください」 取りようによっちゃ、それが一番おそろしいんですけど。カイシャのおじいちゃんたちの茶話で耳にしたことあります。針を咥えた按摩さんがコロシを請け負うって時代劇。コロシをお仕置きって言うってのも。まさかね。 「お灸をすえてください」 おっと、次はヤイト屋ですか? って、フツーに聞けば意見してほしい。だよ。おじいちゃん翻訳機能が働きっぱなしで、あたしの頭の中は殺戮の巷だ。もはや介護カウンセラーの資格どころかコロシのライセンスになってる。 社長が一度行ってみろ、なんでも勉強だぞって役場のカルチャーを勧めるから、時間が合いそうな『気軽に始める義太夫講座』っていうのを試しに受講したら逃げらんなくなった。あたししか受講者いないんじゃ、1回きりで終わりになんて出来なくて、5期連続受講者認定されて記念にゴリゴリカードもらう始末。ちなみに辻女の夏服バージョンがプリントしてあるやつだった。母校のだったからめっちゃ嬉しかった。 お師匠さんは宮木野神社の宮司さんの奥さん。昔取ったキネヅカだけで講師認定うけて、開講しちゃったらしい。ずっと同じ台本で三味線ベンベン鳴らして語ってるけど、あたしにはいまだによさがわからない。それに講座時間のうちほとんどが、お師匠さんの身の上相談。これやってちゃ受講者来ないっしょ。 「かなえてくださったら、志野婦神社をヒビキさんに譲って差し上げてもいいですよ」 またまた。お師匠さんたまに変なこと言い出すんだよね。 「あ
例のガラケーの充電コード、古すぎてコンビニとかになかったから、わざわざN市のビックヤマダセンターまで買いに出てきて正解だった。こっちでも在庫2つだったって。ついでに水平リーベ棒も買っちゃった。売れ筋No1だったから。なぜだかアウトドア用品で。7200円もした、こんなものが。シルバーコーティングって、どうせメッキだろ。ボロもーけだな、便利科学社。買ったはいいが、ショージキいらなかった。そうだ、カイシャの厚生室に置いとこ。 あー、ほっこりした。ネコちゃんたちに癒されまくった。N市のこんなとこにネコカフェあったなんて、不意打ちくらった感じ。結局、閉店ギリギリまで過ごしちゃった。やっぱ、マンチカンのコロ助くんが一番かわいかったナリン。ふっわふわで抱っこしたらフニャーってなってさ。ここも買収候補の一つだね。いつかぜってー猫カフェチェーン展開してやる。って、やっべー、こんな時間かよ。早く帰んなきゃ。ってか、車ぶっ飛ばせば、20分でつくし。やることやってからね。 車で充電なんてあたしはあんましないな。会長がスマフォの充電よくしてたけど。ガラケー充電完了っと。起動ボタンは、これか。やっぱりGPS内臓だ。用心しといてよかった。あたしの家、特定されないで済んだ。どれどれ、操作方法いまいちわかんない。スライドさせて、画面表示させてっと。ド☆キンちゃんからの不在着信がいっぱいだ。あれ、ド☆キンちゃんに何か送信しちゃったみたい。メッセージの下書き触っちゃったのか。やばい。さらにやっちゃだめなことしちゃいそーだな。も少し慎重に扱わないと。もう一つの下書は。再生。 「……かわいそうな女の子たちを助けてあげてください。アナタなら、きっとできるはず。なぜなら、アナタは、辻の……ーーーー雑音ーーーーーーピー」 このガラケーって、マジか。でも、これ使えそ。連絡先に名前がある人に片っ端から連絡してみよっか。いや、それは危険すぎか。トリマ、今名前が出た知り合いだけにしておこ。電源落として、よし帰るぞ。 すっ飛ばしてきたからもう雄蛇ヶ池だよ。ん? 今、橋のたもとに泊まってた車、あれ会長のジャガーじゃない。こんな時間にこんなところで何してんだろ。 会長ってば、ほんとにどっか抜けてる。 「ジャガーはね、ボン